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1月31日

noticeとnote

Bath roomで使っていた電気ストーブをaccomodation officerに取り上げられた。仕事から戻って見るとストーブがなくなっており、e-mailで苦言。あまり感じが良くない。「あなたはヒーターのなくなったことに気づいたと思うけれど・・・」で始まる。気づくはnoticeが普通だけれど、You may have noted・・とある。Joy によると大差はないがnoteの方がold fashionという。H氏は、poshな感じという。しかしJoyはaccomodation officerの肩を持つ。火災の危険のためカレッジ内の電気製品のregulationはかなり厳しいから当然と。まあ、そういう気はしていたのだが。
 
今日のGurdian
11歳の少女がヘロイン中毒で入院。学校で崩れ落ちるように倒れて発覚。drug開始の若年化が進んでいると言われてはいたけれど、この年齢での中毒は英国初と。
 
保健相の発表した白書では、病院の外来機能を縮小し、あらたに作るcommunity hospitalにその機能を移すと。複数の診療科を持ち住民の生活圏に設置される。ドイツで始まった"Polyclinics"がモデルという。最先端と。でもこれは、日本で言うグループクリニックか小規模の病院風ではないか?当地でも既存の小規模病院(現在閉鎖の圧力を受けている)がこれに移行するだろうという見通し。それらの病院は刑執行を延長された、という表現。
1月29日

post-code prescribing

26日のGurdian
議会の委員会の報告。多くの目標が達成されている一方で、ガン治療の地域差は依然続いている。と。貧しい地域で死亡率、特に肺ガンのそれが高い。乳ガンの死亡率もStrategic Health Authority間で20%の差がある、という。National Audit Officeは、Cancer Networkの2/3が、治療を提供するための包括的計画を立てていなかった。代表的な乳ガン治療薬Herceptinが提供されている割合が90%の地域と10%の地域とがある、と。
 
1995年 the Calman/Hine report 'A policy Framework for Commissioning Cancer Services' broke new ground when it recommended networks of cancer care, reaching from primary
 
1999年 Blairが 10 -year action planの発表
 
2000年 9月 NHS Cancer Plan
 
2001年 Cancer Networkの設立 (Not statutory organization)
Englnadに34のCancer networkの設立。
基本デザインはDOH.
 
 West Anglia Cancer Neworkの場合、7つのprovider trustsと12のPCT、3つのStrategic HAが含まれるが、予算はProvider trustsつまり病院が出している。
performanceの評価はStrategic HAによる
 
 
昨日の夕食は、Wolfson内のChinese new year eve partyに招待してもらう。日本人留学生KとHとの縁で、台湾人グループに仲良くしてもらっている。有り難い。Pがorganizer。トッポギの入った炒め物がめでたい席では重要。次に重要なのがキムチなべ。台湾料理なのに。参加者の9割が東アジア系。本土中国の学生は1人のみだが、いないよりは良かったとHと僕。余計なお世話であろうか。Gと同じ学部でQueensのメンバー。台湾人の小児科医と、MRCの院生のインド系英国人Vの発音がクリアで会話が成立する。相手がクリアに話してくれて共有する背景があれば場持ちがする。VはBristol大出身。Bristolはヨーロッパの雰囲気があったと印象を伝えると笑われる。もっとも英国的な町だと。夜になれば町中で酔っぱらいが暴れて警察が取り押さえると。Binge drinking。
1月27日

Burns night

H氏と打ち合わせがありポーターズロッジへ。そこで今日がWolfsonのBurns nightだったと後からわかる。ハギスを出してバグパイプの演奏のある特別なフォーマルフォールだとポーターのBrianが教えてくれる。学生や外からやってきたFellowらで賑わったらしい。なんでも有名な詩人Burnsの誕生日が25日。Darwinで先週GやIが出たのはこれかとようやく理解。つまりWolfsonは2日遅れのそれで、Darwinは5日前にそれをもち、そして4日前にカレッジバーで何かをやったという訳だ。誘ってくれたのに行かず悪かったといったら、特に何もなかったとGとG。ようやく”Burns night”と言っていたのかと理解する。
スコットランドでは特別な日で普通のパブでもハギスを出す、とフォーマルフォールに参加したH氏の調査結果。確かにスコットランド出身の医学生はタータンチェックの正装であった。何人か民族衣装の人達。イングランドでも皆がBurns nightを祝うのかは不明。Collegeでは記念日にかこつけてパーティーをもつのか。フォーマルフォールのあとは、クラブルームでスコットランドの生バンドで皆でダンスとなっている。ビールを飲みに来ていたマレーシアからのVは、フォーマルフォールに出ればよかったと言う。彼は来年出るだろう。
僕は夕食を食べ損ねコーニィッシュパイを電子レンジで食べる。今週は体調不良やや気分が下がり気味。仕事をしよう。
1月26日

問題探索は問題解決の下位でも相補的概念でもなく

昨日はLとお茶をする。病院のカフェテリア。職員用スペースが窓側にあるのは日本では考えられないことだ。今後の仕事の進め方について意見を求められる。お世話になっている人への恩と自分の将来のキャリアとのバランスをどうとるか、という話。招いてくれたJ先生から、B教授の研究グループへ移りたいがJ先生にはpoliteにしたい、という。こういう気の使い方は日本人と同じだなーと思う。しかし態度はambitiousだ。B先生はquestionが明快だからグループの論文が沢山出ている。J先生からはQuestionが提示されないので困る、という。臨床で研究をしてきた人には仮説検証型の科学研究の方が馴染みやすい。疫学の問題探索的な面白みは説明しにくい。というか問題探索という言葉が英語で出てこない。それでも昨日は珍しく英語の調子がよく、伝えたいことはなんとか伝える。
 J先生は評判の高い臨床家だが、問題探索の曖昧さに耐えることを知っている。そういう意味で根っからの疫学者だ。はやりのRCTはやらずとも(というか、ここにいるとRCTやメタアナリシスは一昔前の流行のような気分になる)。
 Lは結局、ドイツでの仕事をこなしながら当地で2つの研究グループの仕事を行うつもりのようだ。しかも個人的に大きな心配事も抱えている。さすがの彼女も年始には肺炎になって寝込んだという。いかに選ば人でも、自分ではコントロールできない問題を抱えなければならないことがあるということだ。しかし仕事は人並みはずれた体力と知力でコントロールしようとしている。有り難い同期の桜だ。年齢は教えてくれないけれど。英語が上達したとほめてくれる。
1月25日

メモ

マンチェスターの放射線医の誤診の記事。2003年4月以後に彼がマンモグラフィーを行った2500人の全て見直し、176人がrecallを受け、28人が彼の誤診のため乳ガンの診断が遅れていたことが明らかになる。
Great Manchester strategic health authorityが謝罪。
病院は、これらのケースはGPから紹介を受けたケースであって、乳ガン検診のnational NHS health programmeの対象者ではないと強調。とある。
日本の感覚でいうと謝るべきは病院側で、national progrrammeのクオリティーに問題がないというのがhealth authority側のような気もする。受診率を下げないためというよりも不安を増幅させないためなのであろうか?
 
 
 
1月23日

Scarf

土曜日になくしたマフラーが見つかった。よかった。ベテラン研究者Hがクリスマスにくれたものだ。今日、最後にもう一度、土曜にH氏に誘われて行ったスポーツ&ソーシャルセンターに行って見つかった。
 
それは英国の地ビールのティスティングパーティー会場。仕事がノって来ていたところだったので迷ったが、年末に彼のフランスの実家への招待を断っていたこともあり、2時間だけということで参加。ビールは70種類あまり。日本の同僚K先生が聞いたら目を輝かすような企画。しかし僕には1杯で十分だった。帰るだんになってマフラーの無いことに気づき大騒ぎする。マフラーがない、というと一緒にいったFがScarfと言い直してくれる。マフラーが英語でないと理解。
 
それで、昨日は5時間、Scarfをなくした、とか、男性もののスカーフはどこに置いてあるか?とか聞きながら、なくしたと思われる場所とともに同じマフラーを売っていそうなCambridge中のありとあらゆる店を回ったが×。King'sにも2回。テイスティング会場にも一度足を運んだが、片づけも終わりにさしかかり、70本以上のビール樽が搬出されているところ。lost propertyはなく、もうあきらめかけていた。あの時ビールを飲みながら応対してくれたひげ面の60がらみの男性が約束通りセンターの職員に伝言をしておいてくれたらしく最後はスムーズに話が進んだ。よい人達だったのだ。
 
土曜は、HやF,Jとの馬鹿話に久しぶりにリラックスしたが(会話が成立するよう皆がケアしてくれてありがたい。)大いに後悔。似合わぬ事はすべきでないと反省。
 
Hは、アイドルになっているホリエモンが逮捕されることは若者の幻想を打つ砕くので日本にとってよいという。それはそうなのだが、ホリエモンが逮捕されても、彼のような価値観をよしとする若者の割合は増えていくだろう。それがグローバリゼーションだと思う。ホリエモンの精神病理などどうでもよいので、彼のやっていた正しい経済行為の方をもう少し誰か説明して欲しい。Hは金融にも詳しく(おそらく)適切に台湾人に説明。僕はようやくドラえもんに似ているのだと説明。Hはその容貌について詳しい説明。僕のしらない言葉が続く。Fはポケットはあるのかと切り返す。
 
Gurdian
今週木曜、保健相がNHSの経営にかんする新しいルールブックが発表するという。財政問題を彼女の優先順位のリストのトップにする。具体的には病院トラスト間の競争を促進することらしい。購入者であるPCTと提供者である病院トラストとの契約は協調的で、実際上、病院トラスト間の競争はほとんどなく、つまりNHSの市場化は進んでいなかった。その関係を、少なくとも4つの病院トラストの中から患者が選べる仕組みを導入することで”改善”しようとするらしい。おそらく「少なくとも4つ」がキーワードだろう。少なくとも4つに無理矢理競争させる仕組みを導入するということだろう。
他には緊急性の高くない手術の数がnormよりも多くなればその治療費に関税をかけて病院から徴収する制度の拡大。これは懲罰主義だが悪くない方法かと思う。少なくとも手術数の多い病院の保険点数を上げるという某国のとった政策よりも、英国における卑近の問題解決には有効だろう。またGPの門番機能に対してインセンティブを与えるとも。
 
1月22日

老人ホーム

Gurdianには、プライベートで老人ホームを経営していたGPがGeneral Medical Councilから除名されたという記事。不適切なケアとネグレクトが理由。決定的だったのは具合の悪い老人を病院へ紹介しなかったこと。末期の患者でも具合が悪くなれば病院に転送すべきというのは日本の老人ホームでも同じ。また、自分のクリニックに老人のGP登録を移したことも問題となったようだ。つまり入所時にはさまざまだった老人のGPへの登録先を自分のクリニックに移して金を得たという。英国では、GPの給与の一部が、登録患者数によって決まるので。
 
経過
2002年 入所者の窒息死の匿名の内部告発を契機に2002年1年で28人の死亡があったことが明らかに。先立つ2年は9人のみの死亡
 
General Medical Council → GPの調査
Nursing and Midwifery Council → 働いていた7人の看護婦の調査
 
この過程で、council officials, care home inspectors and staff from the local primary care trustが、16人の死亡について懸念を表明。
 
(2003年末には最初の調査は終了していた)
 
Birmingham and Black Country Strategic Health Authority が詳細を検死官に回す。
 
2003年3月、Maypoleホーム閉鎖
  しばらくGPでの診療は継続していた様子。
 
?年 検死官は当該GPへの査問にメリットはないと報告。
 
2005年 しかし検死官は個人的に重大な懸念をもっていると発言
 
2006年1月20日 除名。 (刑事罰の対象にはならなかったが)
 
 
 
*不適切なケアの例としてBucket Chairの使用が挙げられている。これは日本に於ける車いすとは違うようだ。頭にdeep, recliningがついている。そしてそれらがrestraint(拘束・抑制)の方法としてoveruseされていたかもしれないことが問題になっている。それ自体が単純に問題なのではないだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
沒有相簿。